スティーブ・ジョブズにおける禅の思想

(写真=Tomohiro Nagai/Shutterstock.com)

多くの人が使っているiPhone。あの中に日本の禅の思想が詰まっている、と言ったら驚かれるのではないでしょうか。

Appleの創業者で、中興の祖でもあったスティーブ・ジョブズ。彼の記者発表の際のファッションは、いつもイッセイミヤケの黒のタートルとジーンズでした。着るものはできるだけシンプルに、というのが彼の考えだったといいます。Apple製品もできるだけ無駄を省き、誰でも簡単に使えるUIを常に求めていました。

そんな彼の考え方の根底には、禅がありました。今回は、スティーブ・ジョブズと禅の関係と、それが製品にどう生かされているのかについて見ていきましょう。

ジョブズと2人のSUZUKI

ジョブズが禅と関わりを持ったきっかけは、生誕の環境にあるのかもしれません。生まれた直後に養子となったジョブズは、若い頃から精神世界に没頭し、大学中退した19歳の頃にはインド放浪に旅立ち、そこで1ヵ月を過ごしました。

精神世界の古典的バイブル『Be Here Now―心の扉をひらく本』(ラム・ダス著)を読んだ後、ジョブズが心の拠り所としたのが、鈴木俊隆(しゅんりゅう、1905~71)の書『禅マインド ビギナーズ・マインド』(サンガ新書)でした。

遡ること約50年、もう一人の鈴木がアメリカに禅の思想を持ち込みました。鈴木大拙(だいせつ、1870~1966)です。禅を「ZEN」として、講演や執筆活動で禅の思想をアメリカに広めていきました。

乙川(知野)弘文 型破りな禅僧に30年師事

その後ジョブズは、鈴木俊隆が米サンフランシスコの禅堂に呼び寄せた乙川(知野)弘文(おとがわ(ちの)こうぶん、1938~2002)を30年間師と仰ぎ続けました。おおよそ僧侶らしくない出で立ちで剃髪もせず、私生活もルーズと言われた乙川と波長が合ったのかもしれません。

ジョブズ所有の豪邸の1軒を与え、毎日のようにジョブズはそこに入り浸りました。乙川は64歳の時、不慮の事故で溺死。突然の死に、ジョブズのショックは計り知れなかったようです。

1985年、ジョブズ氏は共同設立したアップルを追われ失意のどん底に陥りますが、その時精神的支えとなったのが乙川でした。

ジョブズ氏が乙川に深い信頼を寄せたのは、乙川の僧侶らしくないあり方に共感し、改革者としての魂を見出したからかもしれません。

アップルと禅

アップルの製品には、禅の思想が深く息づいています。「禅」という字は、しめすへんに単と書きます。複雑な物事を一切排し、できるだけシンプルに考える、という思想を表現しているのです。

例えばiPhone。進化を遂げたiPhoneXには、ホームボタンすらありません。もしかすると、これがジョブズが求めていた形なのかもしれません。

ジョブズはアップルの基本理念を「フォーカスとシンプルさ」と定義し、「シンプルであることは、複雑であるより難しい」と常々語っていました。ジョブズの徹底したミニマリスト志向も、世界を変えた「iPhone」や「iPad」などの機能やデザインも、禅の理念に基づいたものなのでしょう。

また、ジョブズはマーケティングをしないことでも有名でした。ジョブズは数々の名言を様々な場面で残しましたが、その中でも「内なる声を聴け」は最もAppleらしさを表現していると言えるでしょう。

「この売上を作るにはどういったマーケティングが大切なのか」と考えるより、座禅によって自分の中に下りていき、自分が本当に望むものを徹底的に見ようとしました。その結果、自分の潜在意識の中にある、深いところから来るものをプロダクトとして作るので、Apple製品は顧客の深いところを揺さぶる力を持ったのです。

自分は一体何を望むのか。すべてはそこから始まっていました。潜在意識から顕在意識に引き上げる作業、それこそがジョブズの究極のマーケティング・リサーチだったのでしょう。

禅の基本思想は、「ただそこにいる」です。その思想は形を変え、茶道やマインドフルネスなどに脈々と受け継がれています。

その思想をAppleの中で体現し、様々な製品に反映したジョブズ。そのプロダクトの源流は、意外にも日本にあったのでした。

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